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大田区の歴史

東京都の南東部に位置する特別区のひとつで、東京23区内では最南部に位置する。
東部には羽田空港がある(大田区全体の面積の3分の1の面積)。前身は大森区と蒲田区で、区の商業は大森駅と蒲田駅に、区の行政は蒲田駅に集中している。東京23区としては都心から離れ、吉祥寺や川口、松戸、市川と同じ都心15km圏である。多摩川を挟んで神奈川県川崎市と接している。

区の大部分を占める平野には市街地が広がり、ビルやマンションなどが立ち並んでいる。京浜運河より東側は埋立地となっており、物流拠点や工業団地がある。野鳥公園、海浜公園等が整備されている。 池上通りより西側は丘陵地帯となっており、緑も多く畑なども目立つが、広範囲にわたって民家が広がっている。

丘陵地には臼田坂、蓬莱坂など名称を持つ坂が約50ある。標高は東から西に向かって高くなり、最高点では約42.5mとなる。 区域は大正時代から昭和時代初期にほぼ全域で耕地整理が行われ、道路など都市基盤原形が整備された。現在は大森、蒲田を「中心核」とし、その他鉄道駅周辺を「地域核」、羽田を「未来核」とし整備が行われている。 近世以前 先土器時代 – 久原小学校内遺跡調査により先住人の存在が確認された。

縄文時代 – 大森貝塚調査により先住民の存在が確認された。
弥生時代 – 山王遺跡調査により先住民の存在が確認された。
区の沿革 1889年(明治22年)5月1日、町村制が施行され、東京府荏原郡のうち現在の大田区のエリアでは以下の町村が誕生した。 大森村、入新井村、池上村、馬込村、調布村、羽田村、蒲田村、矢口村、六郷村 1897年(明治30年)7月20日 大森村が町制施行して大森町となる。 1907年(明治40年)10月8日 羽田村が町制施行して羽田町となる。

1919年(大正8年)8月1日 入新井村が町制施行して入新井町となる。
1922年(大正11年)10月10日 蒲田村が町制施行して蒲田町となる。
1926年(大正15年)8月1日 池上村が町制施行して池上町となる。
1928年(昭和3年) 1月1日 馬込村が町制施行して馬込町となる。 2月11日 矢口村が町制施行して矢口町となる。 4月1日六郷村が町制施行して六郷町に、調布村が町制施行改称して東調布町となる。
1932年(昭和7年)10月1日 上記町村が東京市に編入され、大森・入新井・池上・馬込・東調布の5町域をもって大森区が、羽田・蒲田・矢口・六郷の4町域をもって蒲田区がそれぞれ誕生した。

大田区のお祭りやイベント

1月
初詣(区域各所) 池上本門寺は2007年、2008年警視庁調べで初詣参詣者都内上位10に入った。 七福神めぐり 区域には池上、羽田、東海の3コースがある。 子ども流鏑馬(六郷神社) 六郷神社は六郷の総鎮守。区域最古の狛犬があり大田区文化財に指定されている。 東京都無形民俗文化財に指定されている。 とんび凧あげ大会(安養寺:古川薬師とも呼ばれる) とんび凧は六郷の郷土玩具である。 いきいき大田写真コンクール 大田区主催。区域で撮影された写真を募集し、展示表彰する。

2月
節分(区域各所) 池上本門寺は芸能、スポーツ分野の著名人が多数出仕するため数万人が集まる。 観梅(池上梅園、梅屋敷公園、他) おおた工業フェア(大田区産業プラザ) 区域に蓄積されている工業技術等を紹介する。

3月 4月
禰宜(ねぎ)の舞(西嶺町天祖神社) 厄払いと豊作を祈念する舞。 観桜(多摩川沿い、洗足池公園、馬込桜並木、桜坂、他) こどもガーデンパーティー(平和島公園、多摩川緑地、萩中公園、他) 子供のためのイベント。 植木市(池上本門寺)

5月
春宵の響き(洗足池公園) 1995年(平成7年)洗足池の三連太鼓橋「池月橋」竣工記念として始まった催事。人間国宝寶山左衛門が監修し福原一門による演奏が行われる。日本工学院専門学校放送芸術科等の学生が技術協力として参画している。 大森夢フェア(大森駅東口) 羽田水神祭(水神社:玉川弁財天の下宮) 海上安全と大漁を祈願する祭り。宮司が船に乗り羽田沖の澪標(みおつくし)で祝詞を奏上する。

6月
子ども獅子舞(六郷神社) 茅の輪くぐり(雪谷八幡神社、羽田神社、他) 夏越神事

7月
水止舞(みずどめのまい)(厳正寺) 東京都無形民俗文化財に指定されている。 羽田の祭り(羽田地区) 羽田神社の夏季大祭。町内神輿連合渡御では12町会12基の神輿が3000人の担ぎ手によって繰り出す。羽田はかつて漁師町だった名残りで神輿を波に揉まれている舟に見立てた「ヨコタ」と呼ばれる独特の担ぎ方をする。大田ケーブルネットワークによるライブ中継も行われる。

8月
蒲田祭(蒲田駅東口) 糀谷阿波踊り(糀谷) 平和都市宣言記念「花火の祭典」(六郷土手) 1984年(昭和59年)大田区が「平和都市宣言」したのを記念して15日に多摩川河川敷にてアトラクション、式典、5000発の花火打上げが行われる。10万人以上の見物人が訪れるため最寄りの京急六郷土手駅では臨時電車運転、特急臨時停車等で対応している。

9月
おおたビッグバザール(大田区産業プラザ) 区域の商店による展示販売会が行われる。 空の日(羽田空港) 羽田空港にて航空機公開展示等の各種催事が行われる。1996年空の日には供用前のC滑走路が一般公開された。

10月
OTAふれあいフェスタ(平和島地区) 例年、期間中来場者計が20万人を超える。 お会式(池上本門寺、他) 12日の池上本門寺万灯行列には数十万人が集まり、池上地区は大規模な交通規制が実施される。 大田市場まつり(大田市場) 市場が一般開放され、魚のさばき方教室、模擬せり、生鮮品特価販売、松茸等の農産品販売、シクラメン等の花き販売が行われる。 ハロウィン仮装大会(蒲田駅西口、他)

11月
酉の市(鷲神社、他) 大田区野菜と花の品評会(大田区産業プラザ) 大田区とJA東京中央田園調布支店、馬込支店の共催にて区域で作られた野菜や花の即売会が行われる。

12月
クリスマスコンサート(蒲田駅西口) 大田区の温泉は区域に存在する殆どの源泉は独特の香りがある「黒湯」と呼ばれる褐色の冷鉱泉である。場所により色の濃淡がある。泉質はナトリウム化合物、炭酸水素塩が含まれる食塩泉、重曹泉である。これらは太古の海水、植物、藻等が埋没分解してできた化石水と言われている。区域にはクアハウスの他、黒湯が楽しめる銭湯が数多くあり、2012年1月時点では東京23区内で最多の温泉施設が存在している。

漁業の歴史

大森は海苔養殖の発祥の地とも言われ、江戸時代には御膳海苔として上納されていた。昭和になり最盛期には東京港中央部まで進出して操業していたが、1962年(昭和37年)東京湾汚染、埋立地拡張のため海苔養殖の漁業権を放棄した。しかし、現在でも海苔問屋が数十社あり海苔流通の中心となっている。毎年12月に大森海苔会館で行われる大森海苔組合初入札での初値は全国の海苔入札における基準値になっている。 羽田は江戸時代からの漁師町である。現在でも漁師が在住しておりアナゴ漁やアサリ漁を行っている。 区域には大田漁業協同組合が存在するが漁港はない。 商業の歴史 平成14年商業統計調査(平成14年6月1日現在)によると、区域には8,618の商店数、69,803の従業者、4,639,696百万の販売額があるが、区域には2007年1月時点で青果、花きの取扱量日本一の大田市場(東京都中央卸売市場)が存在するため、卸売り業の比率が高い。小売業については商店数の減少が進んでいる。大規模小売店が新設される一方で既存店舗と商店街は衰退傾向にある。 工業の歴史 大田区は大森に東京ガスが20世紀初頭に工場を設けて以来、東京都内で最大の工場集積地を形成し、川崎市、横浜市と共に京浜工業地帯の中核をなしている。平成17年工業統計調査(平成17年12月31日現在)によると、区域は4,778の工場、37,641の従業者、761,087百万の製造品出荷額があり、何れも東京23区最大である。部門別では一般機械機器製造業が1,630工場、金属製品製造業が1,014工場と多い。特に大田区は多数の中小企業(平成16年事業所統計調査によると、製造業6,173事業所の内、従業員9名以下が4,883事業所)が事業を行っており、その多くは得意分野に特化している。それらが補完的に相互利用することでひとつの工場として機能している。しかし、近年は生産拠点の海外移転、後継者不在等により工場減少が続いている。このため、大田区では大田区産業プラザの建設、財団法人大田区産業振興協会設立等による中小企業支援を行い、東京都も東京都立産業技術研究センター城南支所、中小企業振興公社城南支社を設置している。 大田区の地名の由来は、合併した大森区と蒲田区からそれぞれ一文字ずつとった合成地名である。そのため、太田区は誤記である。